薬剤師という職業は昔から日本に存在していたわけではありません。このような仕事をする人が現れたのは、日本が近代国家になってからのことです。このような仕事に関する制度を作るために、多くの人が努力をしました。この記事では、日本にこの職業の制度を作るためにおこなわれた努力について、詳しくご紹介します。
明治政府が誕生したことにより、日本は近代化の道を進むことになりました。このような努力を当時の日本人がおこなわなければいけなかったのは、当時の日本はヨーロッパ諸国よりも文明の発展が遅れていたからです。欧米諸国の文明のレベルに追いつけるようにするために、当時の日本ではさまざまな努力がおこなわれるようになりました。
当時の日本の文明の中でも、欧米の文明よりも大きく遅れていたのは医療技術です。当時の欧米諸国では科学技術が発達したことにより医療の技術も急激に進化していましたが、日本では江戸時代と同じような医療サービスしかありませんでした。
このような状況を改善するために当時の日本人が相談をしたのは、外国人の医師です。外国人の医師を欧米から招いて、日本で医学教育をしてもらうことを考えました。
日本で医学を教えるための教師として来日した医師は、当時の日本政府の関係者から、日本の医療技術の発展に関する相談を受けました。この時日本に招かれた外国人の医師は、外国の医学の制度を参考にしながら、日本国内の医療制度を整備する必要があることを提案しました。
そのために必要なのは、専門的な薬学教育をすることができる人材を外国から招くことであることも、外国人は日本政府に提案しています。当時の日本では薬学に関する科学的な教育はほとんどおこなわれていなかったので、一日も早く本格的に薬学を学べる学校を作ることが必要でした。
当時の日本政府にアドバイスをした医師は、日本の医師が医療と調剤を一緒におこなっていることも疑問視しました。このような意見をもとにして、当時の日本政府は、病気の治療と調剤の業務を別々に分けることを決めました。
このような考え方に基づいて、明治時代の初期には、日本で初めて医療に関する法律が作られています。この法律が作られたことにより、日本にも調剤を専門とする薬剤師の制度が誕生しました。
薬剤師という職業が正式に誕生したのは、それからさらに10年以上経過した後のことです。